春はやっぱりこれでしょう。

那珂八景“宮の池公園”の桜が今年も咲きました。
さあ、春の連想ゲームでもしましょうか。

 桜→桜肉→馬→家畜→牛→狂牛病→雪印→黒澤酉蔵?

ちょっと無理がありましたが、今回は黒澤酉蔵のおはなしです。




この人、我々洋菓子をつくる者にとっては知っていて当たり前なんですけど、皆さんはご存知?
出身は那珂町の隣の常陸太田市なんです。

1885年、常陸太田の真弓山の麓、世矢村に生まれ、中二の時、足尾鉱毒事件に関する田中正造の演説会で胸を騒がせ、現地に飛んで被災青年の組織化に奔走した。
やがて、母の死に遭い、幼い弟妹を養うため牧夫となって北海道に渡った。
酪農の手ほどきを受け、札幌市郊外で独立したのが24のとき。
牛一頭を元手に牛乳販売を始め、長い労苦を経て、仲間とともに酪農民みずからが生産から加工、販売までを一貫して行う組合組織を設立する。



彼の理念は、誇りあるブランドづくりのため徹底したものであった。
嗅覚・味覚の正確さを維持するため、全従業員に禁酒・禁煙を誓約させ、現場は衛生管理のため全員丸刈りであった。
ときには、生産者の前でみずからの口に合格しない牛乳を捨てることまで、あえて彼は行った。
そう、雪印乳業の創立者なのである。

しかし、相次ぐ雪印の不祥事は「酪農こそ健士健民の母である」と信じた創業者の精神のかけらも見あたらなくなってしまった。




余談ではありますが、昭和30年、雪印は同じような食中毒事件を起こしている。時の佐藤社長は「品質によって失った名誉は、品質によって回復する以外に道はない」と、涙声で全社員に訓示している。
いつも泰然自若とした姿勢を崩さない社長が泣いた。これを見て全社員は、二度とあってはならないことと心に誓ったといわれる。

今、これくらいの人物が日本に存在したならばと、桜を眺めながらこの記事を書いています。
そろそろ社会では新人たちが咲き始めましたか? この桜のように。

松本 記 

P.S.
春の花、もうひとつ。菜の花はいかがですか。





前号バックナンバー一覧次号