北向き地蔵尊
南酒出の丘陵にそれはある。
ここ久慈川べり一帯は、しばしば洪水に悩まされていた。ある大洪水の時である。対岸の小島村(現金砂郷町)にあった地蔵尊が、この地に流れ着いた。
「これはもったいないことだ」
村の人々は総出で、この地蔵尊を南側に向けて安置した。
ところが、その時のことである。ひっそりと静まり返った森の方から、人の泣くような声が聞こえてくる。その声は夜明けまで続いたという。
あくる朝早く地蔵の森に行ってみると、きのう南側に向けて安置した地蔵は北を向いているではないか。
「どうしたことだろう」
村の人々は、また元通りに向けなおして帰って行った。
地蔵尊はその晩も、次の夜も、しばらく夜泣きを続けたという。
秋の取り入れも済んで、小春日和のある日のことである。村の人々が集まって話し合っていると、地蔵尊がかすかに何かを言っているようである。皆が耳を澄まして聞くと、
「北が恋しい、北が恋しい」
地蔵尊の声である。それで、村の人々は、この地蔵尊を北向きに安置することにした。
それ以来、地蔵尊の夜泣きがやんだと言い伝えられている。
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